- Huawei Ascend NPUで構成したSuperPOD上で兆パラメータ級MoEの全パラメータ事後学習を成立させ、MFU 34.22%(公開ベースライン比2.93倍)を達成しました
- モデル並列、計算と通信の重ね合わせ、カーネル実行という3階層で最適化し、メモリ逼迫と通信待ちのボトルネックを解消しています
- 派生モデルDeepSeek-V4-Flashはオペレーションズリサーチ課題でゼロショットPass@1 71.81%を記録し、GPT-5.4-Miniを3.98ポイント上回りました
研究の背景
大規模言語モデルの学習インフラは、長らくNVIDIA製GPUを前提に組み立てられてきました。分散学習フレームワークも集団通信ライブラリも、GPU向けに磨き込まれた実装が事実上の標準になっています。
そのため、別系統のアクセラレータで同じ規模の学習を回そうとすると、性能が出ないという問題が現れます。SLAI T-Rexは、Huawei Ascend NPUで構成されたSuperPOD上でDeepSeek-V4系モデルの全パラメータ事後学習をやり切った実証報告です。LoRAのように一部の追加パラメータだけを更新する方式と違い、モデル全体の重みを更新するため、必要なメモリ量も通信量も桁違いに大きくなります。
論文が挙げる壁は3つあります。専門家ネットワークを多数抱えるMoE(Mixture of Experts、入力ごとに一部の専門家だけを動かす仕組み)特有の深刻なメモリ逼迫、計算と重ね合わせられずに待ち時間になってしまう通信、そしてハードウェアを使い切れないカーネル実行です。著者65名による73ページ、22図、20表という大部の報告で、2026年7月22日にcs.CLおよびcs.AIカテゴリへ投稿されました。
階層的な最適化の設計
提案されているのは、単一の工夫ではなく階層的な最適化フレームワークです。抽象度の異なる3つの層それぞれにボトルネックがあり、どこか1つを直しても全体の効率は上がらないという前提に立っています。
- モデル層は、並列化の切り方と専門家の配置でメモリ圧力を下げる
- 実行層は、計算と通信を重ね合わせて通信待ちを隠す
- カーネル層は、NPU上での演算実行そのものを効率化する
ここで指標になるのがMFU(Model FLOPs Utilization、モデルの計算に実際に使えたハードウェア性能の割合)です。理論ピーク性能に対して、どれだけ無駄なく計算に充てられたかを示します。

MFU 34.22%が示すもの
最適化を積み上げた結果、報告されたMFUは34.22%です。公開されているベースライン実装と比べて2.93倍の改善にあたります。
兆パラメータ級のMoEでは、専門家間のルーティングに伴う通信が支配的になりやすく、MFUが1桁台にとどまることも珍しくありません。3割を超える水準に到達したという報告は、Ascend環境でも大規模学習が実務的な速度で回せることを意味します。

OR課題向けのデータ構築
本論文はシステム最適化だけで終わりません。オペレーションズリサーチ(限られた資源の配分などを数理最適化で解く分野、以下OR)を対象に、CPT(継続事前学習)とSFT(教師ありファインチューニング)のワークフローも構築しています。
SFTデータは1万件の高品質サンプルで、4種類のタスクカテゴリと3種類の問題表現を含みます。同じ最適化問題でも、自然言語での記述、数式としての定式化、コードとしての表現では求められる能力が変わるため、複数の表現を混ぜて学習させる設計です。データ構築手順が公開されている点は、再現や応用を考える上で価値があります。
実験結果
評価には派生モデルのDeepSeek-V4-Flashが使われました。OR課題における平均ゼロショットPass@1は71.81%で、GPT-5.4-Miniを3.98ポイント、事後学習前のベースモデルを11.27ポイント上回っています。
モデル | ゼロショットPass@1 |
|---|---|
DeepSeek-V4-Flash(本手法) | 71.81% |
GPT-5.4-Mini | 約67.83%(論文の差分から算出) |
事後学習前のベースモデル | 約60.54%(論文の差分から算出) |
ベースモデルからの11.27ポイントという伸びは、ドメイン特化の事後学習が効いたことを示しています。全パラメータを更新できる環境を整えたこと自体が、この改善幅を支えていると読み取れます。
意義と残された課題
この研究の産業的な意味は、学習インフラの選択肢が広がる点にあります。推論用の代替チップは各社から出ていますが、兆パラメータ級モデルの学習まで担える構成の実証例は多くありません。SambaNovaのような専用チップ企業への大型投資が続く背景にも、同じ問題意識があります。
一方で、留意すべき点もあります。性能評価はOR課題が中心で、汎用的な言語能力や他ドメインへの影響は本報告の範囲外です。MFUの数値もハードウェア構成や測定条件に左右されるため、GPUクラスタでの報告値と単純に並べて比べることはできません。再現にはAscend SuperPODという特定の環境が必要で、手元で確かめられる読者は限られます。
まとめと今後の展望
SLAI T-Rexは、階層的な最適化によってAscend NPU上で兆パラメータMoEの全パラメータ事後学習を成立させ、MFU 34.22%とOR課題での明確な性能向上を報告しました。システム最適化とドメイン特化のデータ構築を1本の論文にまとめている点が特徴です。
今後は、OR以外のドメインへ同じワークフローが移せるか、そして他のハードウェア構成でも階層的最適化の考え方が通用するかが焦点になります。73ページの詳細な記述が公開されているため、同種の環境で学習基盤を組む開発者にとっては実装の手がかりになるでしょう。
