- ASMLのCEOはAI向けチップ供給制約が今後2〜5年続くと明言し、中国はEUV装置アクセスを禁じられているため先端チップ製造に構造的な上限が生じていると指摘した
- Google CloudのCOOは確約済みの受注残高が1四半期で2,500億ドルから4,600億ドルへ急拡大したと明かし、需要に供給が追いつかない構図を示した
- 物理AI企業のCEOは「合成シミュレーションでは実世界データを代替できない」と述べ、量子物理学者出身の創業者は現行LLMより効率的なエネルギーベースモデルを提唱した
Milken会議が集めた5人の顔ぶれ
5月初旬に開催されたMilken Global Conference(カリフォルニア州ビバリーヒルズ)でTechCrunchは、AIサプライチェーンの上流から下流に至る各層を代表する5人の業界リーダーを個別に取材した。半導体製造装置最大手ASMLのCEO、Christophe Fouquet。Google CloudのCOO、Francis deSouza。物理AI企業Applied IntuitionのCEO、Qasar Younis。AI検索・エージェント企業PerplexityのDimitry Shevelenko。そして量子物理学者出身でLogical Intelligenceを創業したEve Bodniaの5人だ。
この顔ぶれはAIの価値連鎖をほぼ網羅している。製造装置、クラウドインフラ、物理AI、アプリケーション層、次世代アーキテクチャ研究という構成で、それぞれの立場から「現在うまく機能していないこと」を率直に語った内容は、AI産業の現状を俯瞰するうえで稀な一次資料となっている。
チップ供給制約は2〜5年続く
AI向け半導体の製造能力の上限を最も鮮明に語ったのが、世界で事実上唯一、最先端の極紫外線(EUV)リソグラフィ装置を製造するASMLのCEO、Christophe Fouquetだ。Fouquetは「今後2〜5年間、市場は供給制限された状態が続く」と明言し、需要に対して製造能力が追いつかない構図を認めた。
EUVリソグラフィは2ナノメートル以下の先端プロセスに不可欠な技術であり、その装置1台の価格は数百億円規模に達し製造にも1年超を要する。データセンター投資を急増させても、チップ製造能力の拡張には相応のリードタイムが伴い、短期的な需要急増には対応しきれない構造がある。
地政学的な制約も供給問題を複雑にしている。中国はEUV装置へのアクセスを輸出規制によって禁じられており、先端チップ製造において構造的な上限が設けられた形だ。DeepSeekが評価額450億ドルで初の外部調達に踏み切った背景にも、こうした製造制約のもとでソフトウェア・アーキテクチャ側の効率化を迫られる圧力が読み取れる。
Google Cloudの受注残高が急拡大
需要側の急膨張を示す数字として、Google CloudのCOOであるFrancis deSouzaは注目すべき数値を明かした。同社の四半期売上高が200億ドルを超えて前年比63%成長を達成する一方、確約済みの将来収益(受注残高、残余履行義務)がわずか1四半期で2,500億ドルから4,600億ドルへとほぼ倍増したというものだ(出典:TechCrunchによるdeSouza取材)。この受注残高はすでに契約済みで将来的に収益として計上される長期コミットメントの累積額であり、クラウドAIインフラへの企業の多年度投資意欲を示す指標だ。
エネルギー問題もインフラ拡張の制約として浮上している。deSouzaによれば、Google Cloudは軌道上のデータセンター構想を検討しているという。宇宙空間では放射冷却を活用した排熱が理論上可能だが、deSouza自身が「宇宙での放射冷却は地上より複雑だ」と認めており、構想段階にとどまっている。
物理AIと実世界データの壁
自律走行・ロボットなど物理AIを手がけるApplied IntuitionのCEO、Qasar Younisは「実世界から得たデータが必要であり、合成シミュレーションでは代替できない」と明言した。仮想環境でのシミュレーションをいかに精緻化しても、現実の道路や工場環境で生じる物理的な不確実性を完全に再現することはできないというのが論拠だ。
Younisはさらに、物理AIが各国の主権問題を引き起こすと指摘した。自律走行車やドローンが国境をまたいで運用される際、データ収集・意思決定・行動の責任所在が各国政府にとって安全保障上の懸念となる。純粋な技術的課題に加え、規制・外交上の摩擦が物理AIの普及速度を規定する変数として機能しているという見立てだ。
検索からデジタル労働者へ
AIアプリケーション層の変容を語ったのがPerplexityのDimitry Shevelenkoだ。同社が「検索製品からデジタルワーカーへと進化した」と表現し、エージェントが企業システムに深く統合されていく方向性を示した。Shevelenkoは「粒度の高い権限管理がセキュリティ衛生の基礎だ」と強調し、企業管理者がエージェントに付与するアクセス権を読み取り専用か読み書き可能かのレベルで制御できる設計の重要性を訴えた。
雇用への影響についても踏み込み、「エントリーレベルの仕事は消滅するかもしれないが、独立した事業を立ち上げる障壁は過去最低になっている」と述べた。Perplexityが開発するコンピュータ操作エージェント「Comet」は、ユーザーの代わりに行動する前に計画を提示して承認を求める設計を採用しており、自律性と透明性の両立を模索している点が特徴的だ。
LLMに代わる代替手法の可能性
量子物理学者出身でLogical Intelligenceを創業したEve Bodniaは、現行の大規模言語モデル(Large Language Model、LLM)アーキテクチャへの依存に疑問を呈した。Bodniaが提唱する「エネルギーベースモデル」は、トークン予測を基本とするLLMとは異なる数理的基盤に立ち、より少ない計算資源で同等以上の能力を発揮できる可能性があるという。
チップ供給が制約されエネルギーコストが上昇する状況では、計算効率の高い代替アーキテクチャへの関心が高まることは自然な流れだ。現時点ではLLMが産業の主流であり巨大なエコシステムがその上に構築されているが、Bodniaの視点はAI産業が「量のスケーリング」から「質的な効率化」へと移行する必要性を象徴している。
サプライチェーン全体の構造的課題
5人の証言を重ね合わせると、AIサプライチェーンが抱える課題が特定の層に限定されないことが分かる。製造装置の供給制約、インフラのエネルギー問題、実世界データの不足、地政学的な輸出規制、そして現行アーキテクチャの効率限界はそれぞれ独立しておらず、連鎖している。チップ供給が2〜5年にわたって制約されるならばインフラ投資は計画通りに進まず、物理AIが実世界データを十分に獲得できなければアプリケーション層のサービス品質も向上しない。
Milken Global Conferenceというビジネスとファイナンスのエリートが集う場で、AI産業の各層が課題をオープンに語ったことは、AIブームが楽観論一色から実態直視の段階へと移行しつつあることを示すシグナルとも読み取れる。
