- トランプ政権によるAnthropicの主力モデル輸出禁止が長引くなか、Mythos相当の性能を持つと主張するアジア発モデルのリリースが相次いでいる
- 東京拠点のSakana AIが「Fugu」を発表。輸出規制のリスクなしにフロンティア水準の能力を提供できると訴えており、非米国ユーザーの有力な代替先として注目を集める
- 中国のサイバーセキュリティ企業360もサイバー攻撃・防御に特化した2モデルを投入し、米国AI企業が規制対応に追われる間の市場空白を埋める動きが加速している
禁輸措置の発端と現状
2026年6月中旬、トランプ政権はAnthropicのフロンティアモデル「Mythos」および普及版の「Fable 5」について、米国外のユーザーへの提供を禁止する命令を発出した。表向きの理由は国家安全保障上のリスク管理とされているが、事前の猶予期間がほとんどなく、多くの企業や研究機関が突然のアクセス遮断を余儀なくされた。
措置発動から2週間が経過した現在も、禁止命令の全面的な解除には至っていない。トランプ政権は審査を経た一部の企業向けに例外的なライセンスを付与しているものの、非米国ユーザー全体に対する制限は依然として継続中だ。Anthropicにとって非米国市場は重要な成長源の一つであり、禁輸の長期化は同社の事業戦略に構造的な影響を与え始めている。
Sakana AIが「Fugu」を発表
こうした状況で最も注目される動きの一つが、東京を拠点とするSakana AIの「Fugu」モデル発表だ。2023年に元Google研究者のDavid Ha、Llion Jones、Ren Itoらが設立した同社は、FuguがAnthropicのMythosやFable 5に匹敵するフロンティア水準の性能を持つと主張している。
Sakana AIが強調するのは性能だけではない。同社は「輸出規制のリスクなしにフロンティア水準の機能を提供できる」という点を最大の訴求ポイントとして打ち出しており、特定の米国プロバイダーへの依存を避けたい政府機関や企業に直接訴えかける戦略をとっている。David Haは単一プロバイダーへの依存が国家インフラにとって潜在的なリスクになりうるという立場を示しており、Ren Itoも米国政府に対して同盟国のアクセス保護を優先事項とすべきだと訴えている。
ただし、これらの性能主張はあくまでも同社自身の見解であり、第三者機関による独立した評価の結果ではない。MythosとFuguの実質的な性能差については、ベンチマーク結果の公表を待つ必要がある。「Fugu(フグ)」という命名には、日本固有の食材になぞらえてローカル性と独自性を打ち出す狙いがあるとみられる。
中国勢の動向
アジア勢の台頭はSakana AIだけにとどまらない。中国のサイバーセキュリティ企業360は、AIを活用したセキュリティ特化型モデルを2本投入した。ソフトウェアの脆弱性を自動的に発見する「Tulongfeng」と、サイバー防御・インシデント対応を自動化する「Yitianzhen」がそれだ。
これら中国発のモデルは汎用的な競合を狙うというより、米国企業が輸出規制で手を引かざるを得ないセキュリティ分野の需要を取り込む戦略をとっている。Anthropicが規制対応や例外ライセンスの申請・管理に経営リソースを割く間、中国勢は特定領域の需要に的を絞ることで、市場への足場を着実に固めつつある。
市場構造への長期的影響
今回の禁輸措置が浮き彫りにした本質的な問題は、最先端AIへのアクセスが政策判断ひとつで一夜にして失われる可能性があるという現実だ。政府機関・民間企業ともに、特定の米国プロバイダーへの集中的な依存がいかに脆弱な調達戦略であるかを改めて認識させられた格好になっている。
禁輸措置が長引くほど、アジア勢がユーザーの信頼と開発者エコシステムを取り込む時間を得るという構図は否定しがたい。Sakana AIや360が「Mythos相当」を謳うモデルを打ち出すことで、非米国市場のユーザーには現実的な選択肢が生まれつつある。各社の主張が第三者評価で裏付けられるかどうかはこれからの検証課題だが、選択肢の存在自体がAnthropicの交渉力や価格設定力に影響を与えることは避けがたい。
米国の輸出規制は国家安全保障の観点から設計されたものだが、副作用として非米国市場でのライバル育成を促進しているという皮肉な側面がある。AnthropicとトランプAI政策チームが禁輸の継続と緩和の狭間で方針を模索する間に、競争地図は静かに塗り替えられようとしている。
