- ジェフ・ベゾス共同創業のPrometheusが120億ドルを追加調達し、評価額410億ドルで物理AI分野最大級のスタートアップに
- ジェット・エンジン設計や医薬化合物探索など物理制約のある複雑なシステムを自動化する「人工汎用エンジニア(AGE)」を開発中
- JPモルガン、ゴールドマン・サックス、ブラックロックが出資し、機関投資家による物理AI市場への大規模参入が明確になった
120億ドル調達の全容
ジェフ・ベゾスとVerily(Googleの生命科学部門)共同創業者のヴィック・バジャが立ち上げたAIスタートアップPrometheusが、2026年6月に120億ドルの資金調達を完了しました。昨年後半に実施した62億ドルの初回調達と合わせると、累計調達額は約182億ドルに達します。
今回の調達によりバリュエーションは410億ドルに上り、非上場AIスタートアップとして世界有数の企業価値を持つ存在となりました。出資したのはベゾス個人に加え、JPモルガン・チェース、ゴールドマン・サックス、ブラックロックという世界最大級の金融機関です。シリコンバレー発のAIベンチャーにこれほどの機関投資家が集中して資本を投じることは異例で、物理AI市場の成熟を象徴する動きといえます。
現在の従業員数は150名。本社のサンフランシスコに加えロンドンとチューリッヒにもオフィスを構えており、航空宇宙・製薬・素材など各産業の工学知見を持つ人材を世界規模で採用しています。
「人工汎用エンジニア」とは何か
Prometheusが掲げる中心概念は、Artificial General Engineer(AGE、人工汎用エンジニア)と呼ぶAIソフトウェアです。大規模言語モデル(LLM)が主にテキストやコードの生成・理解を得意とするのに対し、AGEが対象とするのはジェット・エンジンのタービン設計や医薬化合物の分子構造探索といった「物理制約のある複雑なシステム」です。
工学分野では熱力学・流体力学・材料強度といった多数の物理法則が同時に絡み合います。人間のエンジニアがこれらを手動でシミュレーションと検証を繰り返すには膨大な時間を要します。AGEはこのプロセスを自動化し、設計パラメータの探索から製造可能性の評価まで一貫して実行することを目指しています。

狙う産業とユースケース
Prometheusが当面の対象として挙げているのは、航空エンジン設計と創薬の2分野です。どちらも設計サイクルが10年単位に及び、試作コストが数百億円規模になるため、シミュレーション精度が事業競争力に直結します。
航空エンジン分野では、燃焼効率の最大化と排出規制への対応を同時に満たす部品形状を高速で探索することが課題です。創薬分野では、標的タンパク質との結合親和性と副作用リスクを同時にスコアリングしながら候補化合物を絞り込む作業を、現在は数年かけて実施しています。AGEがこれらを数週間単位に短縮できれば、研究開発費用の構造に変化をもたらします。
LLMとは異なる物理AIの難しさ
テキスト生成AIと物理AIでは、モデルが扱うデータの性質が根本的に異なります。LLMはインターネット上の大量テキストで学習できますが、航空エンジンの設計データは企業秘密として厳重に管理されており、公開データがほとんど存在しません。
そのため物理AIの開発には、シミュレーターとの密な統合や、少量の実験データから効率的に学習するサンプル効率の高い手法が不可欠です。Prometheusがこの技術的障壁をどのような手法で乗り越えるかは公開情報が少なく、競合他社との差別化の核心として市場の関心を集めています。
機関投資家が参入した背景
JPモルガン、ゴールドマン・サックス、ブラックロックという3社は、これまで主にソフトウェア系AIスタートアップへの出資を中心としていました。物理AI企業への大規模参入は、製造業・ヘルスケア・エネルギーといった実物資産を多く抱える既存顧客への展開を見据えた判断と読めます。
これらの機関にとって、AGEが航空機エンジンや医薬品のコスト構造を変えれば、投資先ポートフォリオ全体への波及効果も試算の対象になります。410億ドルというバリュエーションは、そうした長期的な産業変革のシナリオを一定程度折り込んでいるとみられます。
ベゾスが描くエンジニア需要の変化
ベゾスは、広範なエンジニアリング業務の自動化が進むことで「エンジニアリング人材の需要不足」という状況が生まれると予測しています。AGEが定型的な設計業務を代替することで、高度な判断や新領域の開拓に集中できる上位層の人材需要が増大するという見方です。
こうした労働市場への影響という論点はAI業界全体で関心が高まっており、AnthropicのCEOが3.5億ドルの雇用対策基金の設立を表明した事例のように、大手AI企業が経済的影響への対応策を先行して打ち出す流れが続いています。
一方で、410億ドルという評価額が正当化されるには、AGEが特定産業で具体的な成果を示す必要があります。150名という現在の規模から、どのような顧客獲得戦略で早期に実績を積むかが、今後の焦点となります。
