- Google DeepMindの気象AI「WeatherNext」がサイクロンの進路・強度・風構造の予測で従来モデルより24時間以上のリードタイムを獲得し、Natureに掲載された
- Functional Generative Networks により1,000メンバーのアンサンブル予測を単一TPUで1分未満に生成し、稀な急速強化現象も捉える
- 2025年のハリケーンMelissaで急速強化とジャマイカ上陸を予測して事前警報に貢献し、モデル重みも公開された
10年分の進歩を一度に
Google DeepMindは、AIによる気象予測モデル「WeatherNext」がサイクロン(熱帯低気圧やハリケーン、台風の総称)の予測で大きな進歩を達成したと発表しました。研究成果は科学誌Natureに掲載されています。
従来、サイクロンの予測は進路と強度をそれぞれ別の専用モデルで計算するのが一般的でした。WeatherNextはこれらに加えて風の広がり方(風構造)まで、いずれも従来モデルより24時間以上早い段階で同等の精度に到達します。3日先の予報が、従来モデルの2日先の予報と同じ水準に相当するという結果です。
DeepMindはこの改善幅を、過去20年間の予報精度の向上ペースと比較しています。欧州中期予報センター(ECMWF)の進路予報とHWRF強度予報が20年かけて積み重ねてきた改善量に照らすと、およそ10年分の進歩を一度に達成したという評価です。防災の観点では、避難や備えに使える時間が丸1日分増える意味を持ちます。
FGNという新しい仕組み
WeatherNextの中核にあるのが、Functional Generative Networks(機能的生成ネットワーク、FGN)と呼ぶアーキテクチャです。気象は本質的に不確実性を含むため、単一の答えを出すのではなく、少しずつ条件を変えた多数の予報を束ねる「アンサンブル予測」で確率的に将来を捉えます。FGNはこのアンサンブルを効率よく生成する点に特徴があります。
驚くべきは解像度の粗さです。サイクロン特化版の「WeatherNext Cyclones」は28×28kmという格子で計算しており、これは従来の高解像度物理モデルの約100倍粗い設定にあたります。それでも高解像度モデルと同等以上の精度を出せた点が、研究者の予想を超えた成果とされています。
学習には約20テラバイトの全球大気データと、IBTrACSデータベースに収録された約5,000件の過去のハリケーン記録を用いています。物理シミュレーションを一から解くのではなく、過去の膨大な気象パターンから統計的な関係を学ぶアプローチです。AIが物理法則に近い振る舞いを学習する流れは、マルチモーダル事前学習の物理法則をめぐる研究とも通じるものがあります。

1000メンバーを1分未満で
アンサンブルはメンバー数が多いほど、稀にしか起きない極端なシナリオまで拾えるようになります。昨年時点のWeatherNextは50メンバーで、これは全球物理モデルと同程度の規模でした。今回はこれを1,000メンバーへと大幅に拡張しています。
それでも計算コストは抑えられています。1,000メンバーのアンサンブルを単一のTPU(GoogleのAI専用チップ)で1分未満に生成できるため、従来のスーパーコンピュータによる予報とは桁違いの効率です。15日間の予報1本であれば、TPU上で1分以下で計算が完了します。
メンバー数の増加は、急速強化のような発生確率の低い危険な現象を見逃しにくくする効果をもたらします。Natureの論文では2023年から2024年の過去のハリケーンで検証しており、3日先の進路誤差が約100km、強度誤差が約11ノットと報告されています。これはそれぞれ比較対象のENSやHWRFを下回る水準です。
ハリケーンMelissaで実証
WeatherNextはすでに実際の運用でも成果を上げています。2025年のハリケーンシーズンでは、ハリケーンMelissaの急速な勢力拡大とジャマイカへの上陸を事前に予測しました。この予測は米国立ハリケーンセンター(NHC)の早期警報発令を後押しし、現地の対応チームが準備時間を確保するのに役立ったとされています。
急速強化は短時間で勢力が一気に強まる現象で、避難判断が遅れると被害が拡大しやすい難しい対象です。多数のアンサンブルによってこうした低頻度かつ高リスクのシナリオを捉えられた点が、実用面での価値を示しています。
モデル公開の意義
DeepMindはWeatherNextの一部を公開しています。ハリケーンシーズンの運用版「WeatherNext Cyclones」、10月の運用版「WeatherNext 2」、そして無料のColabノートブックで試せる「WeatherNext 2-mini」(解像度111×111km)が対象です。
約20テラバイトの全球大気データと過去のサイクロン観測で共同学習したモデルに、研究者や気象機関が直接アクセスできるようになります。計算資源の限られた地域でも高精度な予報を利用できる可能性が広がり、気象予測の裾野を広げる動きとして位置づけられます。物理シミュレーションに依存してきた気象予報が、学習ベースの手法へ移行しつつある流れを象徴する成果と言えるでしょう。