- GPT-5.2 Proが素粒子物理学のグルーオン散乱振幅について、教科書で「ゼロになる」とされてきた特定条件下の振幅の一般公式を推測し、内部モデルが12時間の推論で形式的証明を完成させた
- IAS・ハーバード・ケンブリッジ・ヴァンダービルトの物理学者との共同プレプリントとしてarXivに公開済みで、査読誌にも投稿中
- 「半共線的領域」と呼ばれる特殊な運動学的条件下でシングルマイナス振幅が非ゼロになることを示し、グラビトンへの拡張も進行中
40年来の「常識」を覆した発見
OpenAIは2026年2月13日、同社のAIモデル GPT-5.2 Pro が理論物理学において新たな結果を導出したと発表しました。対象となったのは量子色力学(QCD)におけるグルーオンの散乱振幅(scattering amplitude)です。散乱振幅とは、粒子が衝突して特定の配置で散乱される確率を数学的に表現する量で、素粒子物理学の理論と実験をつなぐ根幹的な概念にあたります。
問題の核心は「シングルマイナス」と呼ばれるヘリシティ配置にあります。ヘリシティとは粒子のスピンの回転方向を表す性質で、質量のないグルーオンでは正と負の2つの値をとります。1つのグルーオンだけが負のヘリシティを持ち、残りすべてが正のヘリシティを持つ配置——これがシングルマイナス配置です。教科書的な議論では、この配置のツリーレベル振幅(量子ループ補正を含まない最も基本的な計算)はゼロになると広く信じられてきました。
「半共線的領域」で振幅は消えなかった
今回の研究チームは、従来のゼロになるという結論がグルーオンの運動量が「一般的」——つまり特別な整列関係にない——場合にのみ成り立つことを示しました。彼らが注目したのは「半共線的領域(half-collinear regime)」と呼ばれる、粒子の運動量が特定の整列条件を満たす特殊な運動学的状況です。
この領域では、スピノル積(粒子の運動量をコンパクトに表現する数学的量)が協調的にゼロに近づくため、従来の「振幅がゼロになる」論証が破綻します。結果として、シングルマイナス振幅は運動量空間の精密に定義されたスライス上に存在することが判明しました。研究チームはBerends-Giele法と呼ばれる標準的な手法に基づく漸化式を導出し、任意の数のグルーオンに対してこれらの振幅を体系的に構成できることを証明しています。

AIが見抜いたパターン、12時間で証明を完成
発見のプロセスは人間とAIの緊密な協働によるものでした。まず人間の物理学者がファインマンダイアグラムから少数のグルーオン(最大6個程度)のケースを計算しました。グルーオンの数が増えるとダイアグラムの数は階乗的に増大し、6粒子の時点で数十項にわたる複雑な式になります。
GPT-5.2 Pro はこれらの複雑な式を簡約化し、その中に潜むパターンを特定して、任意のn個のグルーオンに対して有効な一般的な閉じた形の公式を推測しました。OpenAIのブログによると、その後、内部でスキャフォールディングされたGPT-5.2のバージョンがおよそ12時間の推論を経て、この予想の形式的な証明を完成させたとのことです。人間の研究者はこの証明を解析的に検証しました。
得られた公式は、巡回対称性、反射対称性、ワインバーグのソフト定理(1つの粒子のエネルギーが非常に小さくなるときの振幅の振る舞いを制約する規則)といった量子場の理論における標準的な整合性条件をすべて満たすことが確認されています。特に「R1領域」と呼ばれる、1つの負ヘリシティグルーオンが多数の正ヘリシティグルーオンに崩壊する特殊な配置では、超指数関数的に増大するファインマンダイアグラムの複雑さが、シンプルな積の構造を持つ短い公式に劇的に簡約化されます。

著名物理学者も「査読レベルの研究」と評価
この研究はプレプリントとしてarXiv(2602.12176)に公開されました。著者には、プリンストン高等研究所(IAS)のAlfredo Guevara氏、ヴァンダービルト大学およびOpenAIのAlexandru Lupsasca氏、ケンブリッジ大学のDavid Skinner氏、ハーバード大学のAndrew Strominger氏、そしてOpenAIのKevin Weil氏が名を連ねています。
IASの理論物理学者Nima Arkani-Hamed教授は「15年前に初めてこの退化した散乱過程に出会って以来ずっと気になっていた物理であり、この論文で示された驚くほど単純な表現を見るのは興奮する」と述べています。同教授はさらに「単純な公式を見つけるという作業は、常にコンピュータで自動化できるのではないかと感じてきた。近い将来、汎用的な『単純公式パターン認識ツール』が実現するのを楽しみにしている」とコメントしました。
カリフォルニア大学サンタバーバラ校のNathaniel Craig教授は、本研究を「理論物理学のフロンティアを前進させる査読誌レベルの研究」と評価し、「物理学者とLLMの対話が根本的に新しい知識を生み出せることに疑いの余地はない」と述べています。
グラビトンへの拡張と今後の課題
今回の結果はツリーレベル振幅に限定されており、量子ゆらぎを取り込むループ補正を含む計算はより困難です。半共線的配置は通常のミンコフスキー時空では一般的な運動学的状況ではなく、複素化された運動量配置や特殊な整列条件に対応するものとなります。
一方で、研究チームはすでにGPT-5.2の支援を受け、グルーオンからグラビトン(重力を媒介する仮想的な量子)への拡張にも取り組んでいるとのことです。超対称性への一般化も可能であるとされており、今後のさらなる発展が期待されます。
本研究は、AIが単なる代数的な計算支援を超え、具体的な事例からパターンを見抜いて一般的な公式を推測し、さらにその証明まで生成するという、理論科学研究における新たな協働モデルを実証した点で注目に値します。隠れた単純性を持つ複雑な代数構造——散乱振幅研究にはこのような問題が多数存在しており、AI支援による理論物理学の加速が現実味を帯びてきました。