- カリフォルニア大学アーバイン校の心理学者Gloria Markの30年研究によると、人間の平均注意集中時間は2003年の約2分30秒から2020年代には約47秒まで短縮している
- AIチャットボットへの依存は「認知作業の外部委託」を招き、批判的思考力の弱体化や誤情報への脆弱性を高める可能性があるとMarkは指摘する
- 2023年刊の著書『Attention Span』でMarkは、読書や対面交流など認知負荷のかかる活動を意識的に取り入れる「新たな生活習慣の構築」を提言している
30年の研究が示す注意力の変化
2026年6月5日、MIT Technology Reviewはカリフォルニア大学アーバイン校(UC Irvine)の心理学者Gloria Markの研究成果を特集した。Markは人間とデジタル技術の相互作用を30年以上にわたって追跡し、AIチャットボットが認知能力に与える影響について警鐘を鳴らしている。
彼女の測定によると、人間が画面上で一つのことに集中し続ける平均時間は2003年の約2分30秒から2012年には約75秒、2020年代には約47秒まで短縮した。「これは本当に短い」とMarkは当時の結果への驚きを述べている。スマートフォンやソーシャルメディアの普及とほぼ同期してこの数値が低下してきた点は、デジタル環境が集中力のあり方そのものを変えてきた可能性を示している。

チャットボットへの認知依存とは
Markが特に問題視するのは、ChatGPT・Claude・Geminiといった生成AIを使う際に起きる「認知処理の外部委託」だ。問いを投げれば即座に答えが返る体験は便利である一方、ユーザー自身が考え、構造化し、批判的に評価するプロセスをスキップさせてしまう。「あなたは認知作業をAIに委ねている(You're deferring your cognitive work to AI)」というMarkの言葉が、この問題の核心を端的に示している。
認知科学の観点では、使われない能力は維持されにくい。調べものや文章作成、意思決定の場面でAIに頼り続けることで、それらのスキルを鍛える機会が失われていく可能性がある。ChatGPTのメモリ機能がユーザーの好みをより精度高く記憶するようになったことも、便利さと引き換えに思考の外部化を促す一側面として注視する必要がある。
批判的思考力と誤情報への脆弱性
2023年刊の著書『Attention Span』では、注意集中力の低下が批判的思考に与える悪影響が詳しく論じられている。深く考える習慣が薄れた人ほど情報を表面的に受け取り、誤情報に流されやすくなるとMarkは述べている。AIが生成する流暢な文章を無批判に受け入れるリスクは、こうした認知能力の低下と組み合わさることで増大する。
同書ではAIとのやり取りで人間関係を補完・代替する「合成的な仲間(synthetic companions)」の利用増加も論点として取り上げられている。他者の感情を読み取り共感する能力が萎縮していく傾向が一部の関連調査で観察されていると述べられているが、Markの研究が感情知能(Emotional Intelligence)を直接計測したものではなく、複数の関連研究の知見を踏まえた示唆として捉える必要がある。
認知能力を守るための実践
Markが強調するのは「新たな生活習慣を意識的に設計すること」だ。読書、運動、対面での会話など、即時の快適さより努力を要する活動を日常に組み込むことで、深い認知処理の回路を維持できると彼女は主張する。
AIを使わないことを目指すのではなく、どの認知作業を自分で担い、どこにツールを活用するかを意識的に選ぶ姿勢が重要だ。30年間にわたるMarkの研究が浮き彫りにするのは、技術の進歩と人間の認知能力の変化が切り離せない問題だという現実だ。MIT Technology Reviewが今この問題を取り上げた背景には、AIが職場や教育現場に浸透しきった今こそ個人レベルで向き合うべき問いだという認識がある。
