- DatabricksのチーフAIサイエンティスト、ジョナサン・フランクル氏が「モデルはすでに十分賢い」と明言し、スケーリング優先の業界通説に疑問を呈した
- 「70%の精度では不十分、90%でも足りない」と述べ、AIには人間より桁違いに厳密な評価基準が必要だと強調
- 良い出力の定義をチェックリスト化する作業は「次の巨大モデルより難しい研究課題」で、解決に10年以上かかる可能性があると指摘
「モデルはもう十分賢い」という宣言
DatabricksのチーフAIサイエンティスト、ジョナサン・フランクル氏は2026年7月にITmedia AI+のインタビューで、AI開発の優先順位について業界の主流とは大きく異なる見解を示した。フランクル氏はMosaicMLの共同創業者であり、2023年にDatabricksが同社を買収したことで現職に就いている。
同氏が強調したのは、現在のAIモデルはすでに十分な知性を持っているという点だ。「AIが人間の指示通りのものを出力しているか」「有害な出力をしていないか」を適切に評価・調整できれば、既存モデルでも高品質な結果を引き出せるとフランクル氏は主張する。OpenAIやAnthropicなど大手がモデルの規模拡大(スケーリング)への投資を続ける中、同氏は「賢いモデルではなく評価とガバナンスに投資すべき」と明言した。
70%でも90%でも足りない信頼性の壁
フランクル氏が特に力を込めたのが信頼性の問題だ。「70%の確率で正しく動くのでは不十分。90%でも足りない」と述べ、AIには人間より桁違いに厳密な評価基準が求められると強調した。
この指摘は、AIを業務に組み込む企業が直面する現実と一致する。顧客対応、法律文書の確認、医療診断支援といった高リスク業務では、数パーセントのエラー率でさえ許容できない場面が多い。たとえばエネルギー大手Woodsideが50個のAIエージェントをLNGプラントの保守業務に投入できた背景には、継続的な評価と厳格な運用管理の仕組みがある。モデルの賢さがどれほど向上しても、出力を「信頼できるか」「誰が責任を持つのか」というガバナンスの枠組みなしでは、現場への展開は難しい。
「良い仕事」の定義が最大の難問
評価が難しい根本的な理由の一つは、「良い仕事とは何か」という人間の判断基準をコンピュータが扱えるチェックリストに落とし込む作業が、思いのほか難しいことにある。フランクル氏はこれを「次の巨大モデルを作るよりはるかに難しい研究課題」と表現し、解決に10年以上かかる可能性があると示唆した。
従来のAI研究では、ベンチマークスコアが性能指標として広く使われてきた。しかし高得点のモデルが現場では使いにくいという事例は数多く報告されており、ベンチマークと実際のビジネス価値の乖離は以前から問題視されてきた。フランクル氏の主張は、この乖離を埋める評価手法そのものを、モデル開発と同等以上の優先度で研究すべきという提言だと解釈できる。
企業AIの競争力を決める「測る目」
「投資資金があり、AIの普及を望むなら、賢いモデルではなく評価とガバナンスに投資すべきだ」というフランクル氏の言葉は、企業のAI担当者への明確なメッセージだ。大規模モデルのAPI利用コストが下がり続ける中、差別化の源泉はモデル自体よりも、そのモデルをどう評価し、どう管理するかにシフトしつつある。
DatabricksはMLflow(機械学習のライフサイクル管理ツール)のメンテナーでもあり、モデル評価や本番運用の監視を支援するツール群を持つ。フランクル氏の立場はこうした同社の事業方針とも重なる。モデルを「選ぶ目」より「測る目」を育てることが、企業がAIから安定的な価値を引き出す近道だというのが同氏の一貫したメッセージだ。スケーリングの議論が先行しがちな現在のAI業界において、この視点は評価とガバナンスの重要性を改めて問い直すものとなっている。